私は県トレのスタッフでありながら、U-14に招集されているVIVAIOの選手6名を辞退させることにした。これまで10年以上続けてきたが、本当に悲しい決断だった。「ほら、またドリブルだ(叫び声)」「ドリブルしかできない(叫び声)」、誰もが引く怒号のような声が千葉県トレセンのベンチから鳴り続けた。それだけでも、ピッチの選手は気持ち良くプレーしていないのは明らかなのに、U-13を終えた後の私共を何度も見ながら、叫んでいる。若手から声が上がった。「あれって私たちへの駄目出しですかね?ちょっとまずくないですか?」。 この出来事が起こる前から、私はこの場を借りて危惧してきた。高校サッカーで多く目にするのは、ベンチで相手にやられないように怒鳴っている監督の姿。そして、「出せ」「パスしろ」「簡単にやれ」等次のプレーを指示してしまう、大人。協会よりの大人を見ると、そのような光景が多いのは誰もが感じることである。私共は、ジュニア・ジュニアユース年代のスペシャリストでありたいと思っている。まだ、船橋中の監督から10数年の経験しかない。しかしながら、取り組み始めてから今に至るまで、大きく変化し進化している。それは、高校の雑用係をほんの少しだけしてきた頃から、クラブを立ち上げ、奈良のディアブロッサ(高田FC)の中瀬古先生・西岡さん・谷本さん等に出会ったことや、滋賀のセゾンや野洲高校の岩谷さんに出会ったこと。九州男児のサッカーが大きな変化を遂げてきているここ数年の激変。お決まりだった有力校から、地域に選手の個性を消さずに力をつけてきた高校の台頭等それぞれの出来事を真剣に見て、聞いて、考えているからだと思う。10年前、セレクションに人が集まらなかった私共のチームが、気がつくと、結果を残しているチーム以上に選手が集まるようになっていること。ジュニアユース年代で、ただ結果を残せば良いチームと考えているチームと、選手育成を考えたチームでは、3年間で選手に大きな差が出ることに気がついたこと。多くというか、ほとんどの人が本音を言われずにベンチで経験を積んでいくのである。いつも言うように、小さな自信が生まれ、自信は過信になり、過信は慢心に変わる。それを後押しするのは、誰からも本音を言われない環境にあるものだ。今回、千葉県の新しいリーダーであるその方に私は本音で具申した。 「先生、本音で言うことがどれだけ勇気のいることか分かりますか?」からはじまる私のメールを抜粋する。先生、誰も嫌われたくないから本音を言わないものです。よく聞き、耳を傾ける姿勢が必要なのではないでしょうか?選手を出さないという意味を理解されていないのではないでしょうか?先生もメールのようにトレセンについて心配していることがあるとの事ですが、私共もこれまの10年以上の経験からかなり危機感を持っています。だから行動したのです。多くの関係者が可笑しいと言っているんです。でも多くの関係者が、本音を言わないのです。だから上に立つ人間は謙虚にならなければならないのです。多くの情報を取り、自分の立ち位置と多くのスタッフが忌憚のない意見を言うことのできる雰囲気をつくらなければならないのです。この世界「裸の王様」が多くいるものです。先生とこれまで親しくさせていただいていたからこそ、ご忠告いたします。「裸の王様」だけにはならぬよう、心からお願い致します。(渡辺) メールをありがとうございます。できれば一度冷静に考えて下さい。これまでの先生からのメールを何度読んでも、先生には自分の考えがあり私がどれだけ具申しても先生には受け入れる気持ちがないという表現です。だからこそ多くの方の意見に耳を傾けるべきだと言っているんです。先生、この年代多くのチームは大人のミニュチワ版のサッカーをさせてくるのです。日本のほとんどのチームはジュニアから「チーム」なのです。関西や九州、そして私共等関東に若干ジュニア年代で「個」に焦点をあてたチームがあります。ジュニアでチームで、ジュニアユースでもチームなのです。あれの何が危機感なのですか?可愛そうに個に焦点の当てず、大人がサッカーを指導しているだけですよ。見た目ボールも人も動いているように見えますが、個の武器、個の発想、個の選択肢、かなり厳しいと思いました。先生、日本サッカー協会が提唱しているような普通のサッカーを教えていたら、コピー選手が多く生まれていきます。この年代はチームでの勝利より、もっと個に視点を持つべきではないでしょうか?先生は、ユース年代の指導者です。先生が提唱すべきは、ユース年代までに個の技術・判断・戦術等の向上ではないでしょうか?多くのチームが個の技術・発想の向上よりもチームの結果を求めているのです。その結果、ユース年代でも基礎からやり直さなければいけない選手が山ほど上がってくる。全国のユース年代を見ると個の発想を重視するチームが増えてきました。明らかにここ数年でジュニアユース・ユース年代のサッカーが変わってきています。それは、国内で勝つという発想から、対世界という視点に移行したからだと、各地域の多くの指導者から聞かれるようになってきました。本当にここ数年でサッカーが変わってきているのです。先生の考えている国体からの逆算は、この年代の、まして今年のような谷間の世代の選手達にぶつけるべきでは無いと言っているのです。大人のサッカーのミニュチワ版をジュニアユース年代に与えるのはやめて欲しい。私は、これまでの経験と県外チームの協会に逆行するような取り組みでワクワクする選手が多数、輩出されてきたことに危機感を感じています。国体で勝つためには、この集団ではなく、早く先生が考えている選手を招集して先生がやれば良いのです。国体は結果です。でもジュニアユース年代でそれを求めすぎては、可愛そうな選手達になってしまいますよ。少しでも、本当に少しでも日本のサッカーの現状や千葉県のサッカーの現状に視点を当ててください。それは、協会よりではなく本当に世界と戦える選手を輩出していくにはどうするかという視点に立って欲しい。そのためには、ジュニア・ジュニアユース年代の検証が必要なのです。特別に個性のある選手が生まれてくる地域で何が行われているのか。先生のメールを読み、かなり落胆しています。お話をしても聞く耳がなければ意味がありません。(渡辺) あるスポーツライターの取材を受けた時、このような話を聞いた。小野や稲本等の黄金世代と言われた世代も含め、海外で行なわれている「U-幾つ」という世界大会は取材のため全て海外の会場で見てきたと言う。取材を受けた2年前までの情報ではあるが、小野世代以降で世界相手にボールを持つことにストレスを感じなかった選手は「家長昭博」と「前田俊介」だけと言われた。その後海外に移住されたその方に、今話を聞くことができたら「宇佐美貴史」が加わるのだろう。これから、少しずつ名前が増えていくかもしれない。どの年代でも、リスクを少なくするためにポゼッションとボールを動かすことを大人が要求する。協会のレクチャーを受ければ受けるほどそのようなサッカー人が増えていく。ロナウドやロナウジーニョやメッシが小さい頃からそんな大人に出会っていたら、今頃子供たちの憧れにはならなかっただろう。神戸国体の夜、私はユース年代の監督3名とお酒を飲んだ。大先輩である指導者2名からかなりのお叱りを受けた。「お前のチームの選手がボールを持ちすぎるから県トレが上手くいかない。」という内容だった。私がどんなに頑張っても7つ年上という現実は変えられなく、また、私共が衝撃を受けた千葉県ではない地域のサッカーを言葉で言っても理解されるはずもなかった。2年後、その監督さん達が私共の選手を取りに来た。大先輩である1人の方からは、「あの時中1を見てあんなこと言ったけど、中3になった選手を見て本当にお前の言うことが分かったよ。取られないし、パスを出すこともできる。明らかに違うことを感じる。」と言われた。神戸の夜の言われようは本当に酷いものだった。2年という短期間で真逆の言葉を言ってもらえるとは考えていなかった。いろいろなサッカーがあって良いのだ。スピードがあれば、強さ・高さがあれば、左右両足から正確なパスが出せるのであれば等様々なことが考えられる。しかし、それは小さな地域の基準ではなく世界基準であるべきだと思う。「柔道」や「レスリング」をしている子供たちにマイクを向けると「オリンピックで金メダルを取る」と言う。始まりから、世界が相手なのだ。サッカーはどうなのか?大人が目の前の大会に勝利することを目指す。ミニサッカーでも新人戦でも、選手権でも国体でも。小さな話だ。末端から世界を目指すチームが増えなければ、いつまで経っても追いつくことなどない。J下部の選手と県外から来る選手、そしてU-17の早生まれを招集し千葉国体は、良い成績を残す可能性が高い。私も千葉県で活動している人間として、応援している。果たして5年後10年後千葉県に柱は立っているのだろうか?トップの会議に参加しても組織づくりを急いでいる。自分自身のサッカー感を一度排除して、本音で話をしないで風呂敷を広げた組織は機能を果たさないだろう。会議は数ヶ月に1回2時間程度。その間に、子供たちと関わる時間は何百時間だ。結果の出ていないチームにも関わらず、多くの選手が私共のチームの門をたたいてくれるようになった。これまで、全体のことを考えてきた。今回のことをプラスに考えベクトルを足元にもどし、「個性ある選手」を育てることに力を注いでいくことにする。各地域のユース年代のサッカーやジュニアユース年代のサッカーが変わりつつある。その兆候はまだ小さいが、そのことに気がつく大人が出てきている。これから数年、「個」というチームと「結果」というチームと「それ以外」に大きく選別されることになり、変化を感じないチームは淘汰されていくと予想している。 ひとつだけフォローしておこう。それは新しいリーダーだけが悪いのではなく、「勘違いさせる高校サッカー」という環境が悪いのだ。はじめから裸の王様が多く存在するのではなく、知らず知らずに裸の王様になっていくのである。大人同士、時期が来たら人間関係が改善することがあるかもしれない。しかし私はそれを望んでいない。そのようなことになるとしたら、多分表面的なことだと予想できるからだ。地方の高校ですら「コマ」ではなく「個」を重視したサッカーに取り組み出している。それはジュニアユース、ジュニアの変化があってのことだ。他のカテゴリーの静かな変化に気づかなければ、手元を進化させることはできないのである。進化ができなければ必然的にどのような影響が出るか安易に想像ができる小さな枠組みなのである。これまで、多くの選手がお世話になってきた。しかし、サッカー感がこれほどまでに違うことで、私共のチームや提携するチームから選手がお世話にならなくなるのだろう。私共の手元にいる選手は、これまでユース年代からいただいているニーズをはるかに超える選手が多くなってきた。今後、気がつかないふりをしなければ、その質と数を毎年感じてしまうことになるだろう。千葉県には、リーダーがいないことをこれまでもお伝えしてきた。別の機会で触れるが、特に2種年代の人材不足は既に手遅れの感があり、相当深刻な問題になっている。千葉国体後に主要公立学校の人事を変えたいが、回せないというのが実情なのである。選手達には改めて伝えよう、「君たちに力があれば、U-16でもう一度、チャンスをもらえることもあるかもしれない。」と。まっ、トップにそんな度量があればの話だが(笑)。 (渡辺)