『市川K・IFC カネヅカ(Ichikawa Kids Imagination football Club Kanezuka)』として生まれ変わるまでのプロフィールをご紹介します。
◆1982年…発足
千葉県市川市は「梨」でも有名ですが、もうひとつ「日本一の広さをもつ馬蹄形貝塚として有名な曽谷貝 塚」があります。
その曽谷貝塚に隣接した曽谷に、(現)市川K・IFC カネヅカの前進である『カネヅカSC』が1982年に発足されました。
発足されたのは『長谷川邦男氏』であり、監督・コーチ・経営のすべてを兼務されていました。
長谷川氏は発足当初に打ち立てた理想があり『サッカーを教えるならシッカリとした設備を整えて教えたい』と云う考えで、梨畑をサッカーグランドに造成し、ナイター設備やトレーニングルーム、体育館等の設備を 充実させ運営されていました。
クラブの運営をしていくうちに、長谷川氏の指導と設備の充実ということが評判を生み、近隣から多くの子 供達が集まるようになり、
クラブ発足からわずか8年目にしてクラブユース選手権全国大会で3位、翌年ジュニアユース選手権全国大会3位、という成績を修めるまでになりました。
その結果が、クラブの卒業生が進学する際にサッカーの有名高校や、Jリーグのユースにと活躍している選 手も多く、現役で活躍しているJリーガーも5人います。
Jリーグが生んだサッカーブームと、反比例する少子化時代への突入が、1996年頃から始まり、各クラ ブともクラブ員の確保が難しくなっていきました。
しかし、同市内に同じ問題を抱えていた小学校サッカーの名門校として名高かった『稲越SC』の荒田正勝氏に、長谷川氏は出会うことになり、二人は解決策がないものかと、数々の話し合いを重ね、最も良い方法として合併することを検討した結果、『市川K・IFC カネヅカ(Ichikawa Kids Imagination football Club Kanezuka)』として生まれ変わることになりました。